2007年06月16日

器としての身体/三上賀代

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観客にとって見るとは、自分を見る、「覗く」ということ
目の前の踊り手の上に現れたことは、自分を「覗く」ための契機
posted by idei at 00:00 | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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